英国が国民投票によってEU離脱を決意してから4年間、英国の企業幹部は一貫して1つのメッセージを国の政治指導者に伝えてきました。
それは「いかなる状況においても、貿易を保護するための何らの取り決めなしに、最大の輸出市場から離脱しないでください」というものです。
ボリス・ジョンソン首相は、ビジネス界にとって『悪夢』ともいえる『合意なし』シナリオの実現もありうるとしてEUとの対立を扇動しました。
英国政府は今週、新しい『国内市場法案』を提出し、1月末にEUからの離脱を確定した離婚協定の条件を破るつもりであると語りました。
これに猛反発したEU当局は、今月末までジョンソン首相に『国際法違反の可能性のある法案』を放棄することを強く要求しました。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「国際法に反するのみならず、信頼の喪失につながる」とツイートしました。
彼女はまた、離脱協定の修正を試みれば自由貿易協定は実現しないだけでなく、交渉をめぐる混迷がさらに深まると不快感を表明しました。
ジョンソン首相がEUの要求を拒否した場合、2020年末に満了する移行協定に取って代わる英国-EU貿易協定の交渉は崩壊する可能性が高く、国境の混乱と食糧不足を招き、記録的な不況からの経済回復がますます困難になる危険性を孕んでいます。
さらに、意図的に国際法を破った場合、英国が必死に必要とする自由貿易協定を云々する以前に、法の支配の標準的な担い手としての英国の評判を著しく損ない、新興企業や外国人投資家にとって魅力のない目的地になるでしょう。
欧州国際政治経済センターの所長デービッド・ヘニッグ氏は「国がどこに向かっているかを真剣に考えもせずに、あまりにも多くのことを一方的に発表するのは極めて稀有な事例であり、非常に心配している」と語りました。
世界最大の単一市場地域であり、英国の輸出の43%の輸出先でもある欧州連合への取引継続のメリットをもたらすことができる取り決めは、今のところ英国にはありません。
このまま「合意なし」でEUを離れることは、いかなる状況においても英国企業にとってより高いコストの発生を意味します。
すでに、EU貿易の将来の条件に関する長年の不確実性が英国経済に打撃を与えています。
ベルンベルク投資銀行のアナリストによると、英国のGDPは、2016年6月のEU離脱国民投票に至るまでの過去3年間で、年率2.4%とかなりの伸びを示していました。
ところがそれは英国経済の先行き不透明感から、わずか数年で1.6%にまで減速しました。
英国が欧州連合との新たな貿易協定を結ぶことは、コロナウイルスのパンデミックにより被った損害回復を目指す英国企業へ、さらなる追加的コストの発生を制限するのに役立つはずでした。
英国が新しい貿易協定を確保せず、離婚協定が守られない場合の最も被害の大きいシナリオは、サプライチェーンを破綻させ、税関システムが圧倒される可能性が高い国境で大きな混乱を引き起こす可能性があります。
それはイギリスの食糧と薬の不足につながる可能性があります。
そして、パンデミックで傷ついた英国経済のショック症状はすぐに起こると予想されます。
ベルンベルク投資銀行のエコノミスト、カルム・ピッカリング氏は、今週の研究ノートで「商品貿易や金融サービスなどの主要分野の調整を管理するための中間ステップがほとんどない、あるいはまったくない場合は、2021年初頭に英国経済に深刻な景気後退をもたらす可能性がある」と述べています。
英国のGDPは今年の第2四半期に20%以上も縮小し、主要先進国中で最悪とまで言われるほどの記録的な低迷と深い傷を負っています。
投資家は最近の出来事に戸惑いを隠していません。
イギリスのポンドは9月の初め以来ドルに対して4%下落して1.28ドルになりました。
キャピタル・エコノミクスのアナリストによると「合意なし」シナリオでは、さらに10%下落して1.15ドルになる可能性があると言います。
業界団体は悲惨な結果を警告しています。
業界団体である英国小売協会は今週、消費者はより高い価格と製品の品不足に備えるべきであると述べました。
EU圏からの食品の輸入は、平均22%の関税に直面する可能性が指摘されており、物価の上昇は避けられそうもありません。
英国とEU双方の当局による審査と許可の手続きが復活するため、化学製品と医薬品の遅配と不足が懸念されてもいます。
懸念を表明しているのはEUだけではありません。
米国の民主党から選出された最も強力な役人である下院議長のナンシー・ペロシは、離婚条約を無効にする動きがアイルランドをめぐる脆弱な和平を損なう可能性があることを心配しています。
水曜日、ペロシ下院議長は「英国が国際条約に違反し、EU離脱が『聖金曜日の合意(脚注1)』を損なう場合、米英貿易協定が議会を通過する可能性は絶対にないだろう」と述べました。
金曜日に、英国が日本との貿易協定を打ち立てたとき、英国は勝利を記録しました。
取引の規模は決して大きくはありませんでしたが、政治的意義は大きかったからです。
しかし、まだまだ長い道のりがあります。
たとえ英国が自由貿易協定へのより多くの国の政府と署名することに成功したとしても、国際法に違反することは、予測可能なビジネス環境を求めている外国人投資家を不安にさせる十分な理由になります。
英国政府は、深く傷ついた英国経済を今後何年にもわたって軌道に乗せる努力を続けていかなければなりません。
しかし、EUとの新しい貿易協定に到達し、新しい関税やその他の貿易障壁を回避するために残された時間はほんの数週間しかありません。
(参照:CNN)
1)1998年に締結された「ベルファスト合意」の別称です。
ボリス・ジョンソン英国首相ほど波乱万丈の2020年上半期を送った指導者は他には思いつきません。
彼は離婚し、結婚し、子供を授かり、病気を患い、死に直面し、生き返りました。
もうこれ以上、彼の身に困難は訪れないだろうと思う人は、ご自分の認識を改めてください。
本当の災難はこれから起こります。
簡単に言えばEUは『秩序』を要求しています。
EUが共同体である以上は、各加盟国に「勝手気まま」に振る舞われては共同体として成り立たないからです。
一方の英国はEUの各種の規制からの『自由』を求めています。
英国のEU離脱に関わる諸問題は、突き詰めて言えば「自由と秩序のせめぎ合い」です。