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アルゼンチンの憂鬱な日々

by 黒岩留衣
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コロナウイルスが最初にアルゼンチンに到達したとき、アンドレス・ボニカルジ氏は犠牲を強いられる覚悟ができていました。

ブエノスアイレスの弁護士である彼は、自宅で仕事を始め、両親との毎週の訪問をキャンセルし、幼い息子を家の中に入れておくと誓いました。

政府は、世界で最も厳しい封鎖の1つを発表しました。

彼は「次の数週間は難しい日々が続くだろう」と覚悟を決めました。

 

しかし、これらの困難な日々は既に7か月間にも渡り、世界で最も長いと考えられているアルゼンチンの検疫の多くは、いまだに引き延ばされています。

非常に多くの犠牲を払った後、ボニカルジ氏はふと考えます。

「はたして何のために我々はこれ程の不自由を強いられているのだろう?」と。

 

サッカーとタンゴで知られた情熱的な南米の国は、コロ​​ナウイルスの最も爆発的な繁殖地の1つになりました。

8月初旬、20万人のアルゼンチン人がウイルスに感染しました。

その後、その数は110万人(つまり44人に1人)に急増し、28,000人が亡くなっています。

 

「失敗だった」とボニカルジ氏は言いました。

「期待と現実はかけ離れていました。ほとんど何も共通点がありませんでした」

アルゼンチン人は今、倦怠感と喪失感、あるいは不信感が混ざり合ったような不快な感覚に向かい合っています。

彼らは、最初から病気を真剣に受け止め、専門家の話を聞き、指導者を信頼しました。

彼らは、ブラジルがそうであったように、この病気を「少し重いだけの風邪」として嘲ったりはしませんでした。

彼らは、(少なくとも最初は)米国のように有毒な二極化に屈しませんでした。

それでもアルゼンチンは現在、コロナウイルスの症例数で世界ワースト5位の座をフランスと激しく競っています。

 

「大多数の国民は、公衆衛生対策が失敗したという失望感を持っています」とラテンアメリカ小児疫学協会の副会長であるロベルト・デバッグ氏は言いました。

「これは過去3か月で劇的に増加しました」

一部のアナリストは、国民のそうした失望感は、封鎖自体の深刻さによって引き起こされたと信じています。

家での長い月日は、非常に多くのエネルギーの消耗を要求しました。

政府が止むを得ず、わずかに制限を緩和し始めたとき、そうした国民の負の感情はむしろ逆に解放されました。

 

症例数と入院数が急増している海辺のリゾートタウン、マル・デル・プラタでは、一部のレストランのオーナーが反旗を翻しています。

屋外での食事を再開することが許可されたのはごく最近のことでしたが、レストランの経営者たちは屋内で食事を提供し始めました。

マル・デル・プラタでレストランを経営するアヴェディス・ヘイグ・サハキアン氏は次のように述べています。

「とにかく開いているはずのない場所でも開いている店があります」

「これでは正直者が馬鹿を見る」

 

ここ数ヶ月の当局は、比較的感染の少ない都市や地方で、限られた経済活動を許可し始めています。

しかし、全国のアルゼンチン人は依然として公共の場ではマスクを着用する必要があり、10人以上の集会はどこでも禁止されており、国の多くは事実上封鎖されたままです。

そして、多くのアルゼンチン人が制限を無視し始めました。

 

アルゼンチンでは、コロナ疲労と感染症例の爆発という2つのパワーが衝突しています。

コロナウイルスへの対応について政府に助言した疫学者のルイス・アルベルト・カメラ博士は、社会を安全に再開させる方法がわからないと嘆きます。

ルールが緩和されるたびに、キャビンフィーバー(閉鎖空間過敏症:またはそれを題材にした米国のホラー映画のタイトル)に襲われた人々は以前の生活に焦って戻ろうとし、感染数をより高くし、危機を長引かせ、結果としてより多くの制限の必要性を生み出すという悪循環に陥っています。

「常に用心深く気を配りながら、少しづつ社会を再開するという概念をうまく伝えることに失敗しました」とカメラ博士は認めました。

 

アルベルト・フェルナンデス大統領が3月に国の封鎖を発表したとき、アルゼンチンの感染者数はまだ1ダース未満でした。

それは世界のどの指導者がとったよりも早く、より決定的な行動でした。

国境は閉鎖され、店のドアは閉ざされ、4500万人の国が停止しました。

隣国のブラジルが圧倒的な速度で荒廃したことも相まって、アルゼンチン人はフェルナンデス大統領のアグレッシブなアプローチをほぼ満場一致で支持しました。

 

しかし、人々が検疫がどのくらいの期間になるかを理解できるようになるにつれて、フェルナンデスの支持率は80%代後半の高さから37%にまで急落しました。

しかし、それでも先週遅く、信念の人であるフェルナンデスはさらに別の検疫延長を発表しました。

それは彼による8回目の延長宣言でした。

 

検疫の並外れた長さは、今ではその苛立たしい無益さと相まって、この国の科学者が『社会的孤立の限界に関する大規模な社会学的実験』と称するほどに成長しました。

ブエノスアイレス大学の研究者は、9月に3,600人以上に対してインタビューし、多くの人が苦しんでいることを発見しました。

ほぼ半数が大きな不安を感じていると報告しました。

3分の1以上が鬱病を発症したと述べています。

アルコールと薬物の使用が急増しました。

多くの人が、政府は健康上の懸念に夢中になりすぎており、よりバランスの取れたアプローチを見つける必要があると述べました。

ほとんどの人が、健康よりも財布についてもっと心配していると回答しました。

 

別の調査では、影響の多くが子供たちの間でより顕著であることがわかりました。

10人に7人がうつ病と孤独の症状を報告したのです。

 

「私には3歳半の息子がいます」

ここで、先述したブエノスアイレスの弁護士であるボニカルジ氏の物語に立ち戻ります。

「息子の物心ついて以降の人生のほとんどは、隔離された検疫によって費やされてきました」

政府が厳しい検疫の一部を緩和した後、ボニカルジ氏は幼い息子の精神的ストレスを慮って、彼を浜辺に誘ったと言いました。

「私たちが彼を浜辺に連れ出したとき、彼は非常に緊張し、私たちにしがみついて離れようとしませんでした」

「他の人々、特に同世代の小さな子供たちと接触したとき、彼は突然に叫び始めました」

 

ボニカルジ氏は彼を心理学医に連れて行き、彼の息子は社会恐怖症を発症したと告げられました。

今では少し改善しましたが、ボニカルジ氏はいまだに心配しています。

「この重度な孤立が幼い子供たちの心理にどのように影響するかについての前例はありません」と彼は言いました。

「何より問題なのは、これがいつ終わるのかわからないということです」

 

Argentina locked down early and hard. Now cases are exploding.

The Washington Post

正直に申しまして、南米のコロナ対策といえば隣国のブラジルがあまりにも印象的なニュースを大量生産し続けていたため、アルゼンチンの現状には注意が向いていませんでした。

当初、アルゼンチンはブラジルに対するアンチテーゼのように扱われており、ブラジル人の中には「アルゼンチンが羨ましい」という声もあったそうです。

それだけアルゼンチンの人々は一致団結して、真摯に検疫に向き合ってきたと言えます。

それが今や、国そのものが巨大な牢獄のようになってしまい、気の毒で言葉がありません。

この息苦しい時代が1日も早く終わりを告げることをただ祈るばかりです。

 

管理者 黒岩留衣

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