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ワクチン治験者のジレンマ

by 黒岩留衣
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スーザン・ベーカーさん(42)は新型コロナウイルス感染症から身を守りたい一心でと、米製薬・医療機器大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のワクチン治験に参加しました。

ですが、同じ理由から、ベーカーさんは治験を離れるかもしれません。

 

ノースカロライナ州の病院で働く看護師のベーカーさんは、新型コロナ感染患者の治療に従事してきました。

透析患者を含むハイリスクな患者を担当し、病気持ちの夫と父親の面倒も診ています。

もしも自分がウイルスに感染して、重症化しやすい家族にうつしてしまったら「自分を許せるかどうか、分からない」と語っています。

 

ベーカーさんはそのために、J&Jのワクチン臨床試験を途中でやめるかもしれません。

抗体検査を受けたところ、試験では実際のワクチンではなくプラセボ(偽薬)を投与されたようだと考えたからです。

 

米製薬大手ファイザーとバイオテクノロジー会社モデルナによる治験は良好な暫定結果を示し、米国では数週間以内に実用化される可能性が見えつつあります。

そんな中、ベーカーさんはJ&Jのワクチンが十分評価されるよう、試験に最後まで参加することで既に同意していました。

ですが、真っ先にワクチン接種を受けたいとも思っています。

「身を守れる可能性があるものなら、とにかく今すぐ欲しい」

 

最先端のワクチン候補が承認されれば、新型コロナとの闘いは転換点を迎えることができるでしょう。

一方で、取り組みが後退することにもなりかねず、ボランティアが臨床試験への参加を投げ出せば、ファイザーやモデルナのものも含めた進行中のワクチン治験は台無しになるかもしれません。

 

研究者らは、開発で先頭に立つワクチンを2年ほど試験する予定でした。

試験が終了するまで、ワクチンとプラセボのどちらを接種されたかをボランティアに伝える予定はありませんでした。

被験者もまた登録時にそうした条件に同意していました。

 

ところが、ベーカーさんや他の被験者は、ワクチンが入手できるようになっても接種が受けられないのは不公平だと述べています。

ベーカーさんを含む100人余りの被験者は先頃、米食品医薬品局(FDA)に書簡を提出し、プラセボを投与されたのかや、承認されたワクチンの接種を受けられるかを明らかにするよう、企業に促してほしいと求めました。

 

医薬品研究専門家によると、被験者はいつでも臨床試験をやめることができることになっています。

ですが、予定より早く離れれば、予防接種の安全性やウイルス感染を防げる期間を完全に評価する上で必要なデータ収集を妨げ、試験の足かせとなりかねない状況なのです。

 

こうしたジレンマが示すのは、治験に伴うさらに大きく根深い問題があるからです。

多くの被験者がボランティアで参加したのは科学の進歩のためではなく、新型コロナワクチンの接種をいち早く受けられるチャンスを求めていたためです。

 

その反面、研究者はより広い地域社会に実験的な治療を推奨できるかどうかを判断するために試験を行っています。

「プラセボを受けた小グループは承認と同時に(ワクチン接種を)受けたがっています。ですが世界は一段と厳格な安全性と有効性のデータを求めており、それは人々に引き続きプラセボを投与することを意味します」とイエール大学の生命倫理学者、ジェニファー・ミラー氏は語ります。

 

ハーバード大学のマーク・リプスティッチ疫学教授によると、試験の早期段階でボランティアが大挙して流出すれば、効果がより高く、一段と配布が容易に、あるいは低価格で提供されるかもしれない予防接種の普及が遅れる可能性があると述べています。

「開始から数カ月で停止すれば、ある意味、初めからボランティアで参加している人々の利他的な行動を無駄にすることになります」とリプスティッチ氏は指摘しています。

「続ければ得られたかもしれないデータのうち、ほんの一部しか得られません」と彼は述べました。

 

ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの心臓専門医であるフレデリック・フェイト氏(72)はファイザーのワクチン臨床試験に参加しましたが、プラセボを投与されたと思っています。

予防接種を受けることが参加の目的だったので、接種を受ければすぐにでも試験を離れるつもりだと彼は言います。

「もとより利他的な行動などでは決してありませんでした」

 

世界保健機関によると、約48のCovid-19ワクチンが人々でテストされており、研究者は接種が病気から安全に保護を提供するかどうかを評価するために臨床試験を設計しました。

そうした評価を行うために、ボランティアは実験ワクチンまたはプラセボのいずれかを無作為に与えられます。

ボランティアも研究者も、誰がどちらを手に入れたのかわかりません。

 

緊急の必要性を考慮して、研究者は、被験者が接種されてから数週間後に接種が安全に機能したかどうかを評価します。

ファイザーとそのパートナーであるビオンテック、およびモデルナは、ワクチンの効果は約95%で、安全であると述べています。

アストラゼネカは、その接種は投与量に応じて62%から90%の効果があると述べました。

ジョンソンエンドジョンソンおよびノヴァバックスのワクチン候補データは、今後数か月以内に発表される予定です。

 

主要なワクチン候補が認可に近づいていますが、一部の被験者は、ワクチンまたはプラセボのどちらを入手したかを確認するために抗体検査を受けました。

彼らがプラセボを服用したように見える場合、何人かのボランティアは本物のワクチンの接種を求め始めています。

カンザスシティの上級看護師であるエイミー・ウォーレンさん(48)は、ワクチンが利用可能になったときに「自分を守るために何かを手に入れよう」と考える人々の中の1人です。

 

ジョンソン・エンド・ジョンソンは先月、ワクチンについてFDAに助言する独立専門委員会にこの問題に関するガイダンスを求めました。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、最初のワクチンに認可が与えられた場合、他社が独自の研究のためにボランティアを募集する能力が損なわれ、ボランティアの登録を維持することが困難になることへの懸念を表明しました。

 

一方、ファイザーは独自のプレスリリースで、ワクチンが承認されたかどうかを試験ボランティアに通知し、プラセボ群被験者に対し、本物のワクチンを提供する倫理的責任があると述べています。

同社は今月、これらのボランティアにワクチンを与える方法を模索していますが、承認するには規制当局の許可が必要であるとも述べています。

 

FDAの生物製剤評価研究センターの所長であるマリオン・グルーバー氏は、最近のパネル出演で、データ収集の目標を達成すると同時に、ワクチンを最も必要とする人々がワクチンを利用できるようにする方法について、ワクチンメーカーと話し合っていると述べました。

一方、英国では、規制当局が今月、Covid-19ワクチン研究対象者に、ワクチンが緊急承認された場合には彼らと連絡を取り、プラセボを接種したボランティアに対し、実際のワクチン注射を受ける資格があるかどうかを告げる速報を送信しました。

 

Covid-19 Vaccine Studies May Suffer as Volunteers Consider Dropping Out

The Wall Street Journal

ワクチン接種のボランティアは必ずしも利他的な、あるいは自己犠牲的な精神で臨床試験に参加したわけではないという記事です。

彼らはそれぞれの理由から、一刻も早くワクチンを接種したいと望んでおり、このうちプラセボ(比較検証のための偽薬)を投与されたと思った人々は、その時点で他の製薬会社のワクチンが緊急承認されているのなら、改めてそれを接種させて欲しいと願っているわけです。

 

ところが、それを認めてしまうとプラセボ群の臨床データが壊れてしまいます。

そうなると後発の製薬会社の臨床試験が成り立たなくなる恐れがあります。

だからと言って、認めないと断じてしまう事は倫理的に難しいというわけです。

 

管理者 黒岩留衣

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